ただ、やわらかく美しい静かさを欲する時。

今回は長文です。急がない文章です。

<ただ、やわらかく美しい静けさを欲する時>

皆様こんばんは。
桜が咲き始めているエリアが、あるようです。
Twitterでは、広い日本の様々な情報が飛び込んできていますね

以前Twitterとの付き合い方が、一度はしんどくなった時期も
実際にあったのですけれど

(意図したようには絶対に伝わらないものだ、という、悔しさとか、
 はがゆさみたいなものも一時期は感じていたかもしれません)

でもTwitterを使う意味を、変えました。

「ただ、自分の心が、その新鮮さに驚くことだけを目に触れさせる目的で」

いうなれば、自分のために。
自分自身の感性がよろこぶように。
Twitterを利用するのも、ひとつの方法なのでは、という提言も読みまして

柔らかい、綺麗、あどけない、透き通る、ほほえましい、暖かい、
おいしそう、透き通って心地よい、

そんな空間づくりみたいな気持ちでTwitterを扱うような
2ヶ月にシフトしている羽鳥です。裏アカウントで呼吸中です(笑)

騒々しい世界の中で。

綺麗な酸素、綺麗な水。そういったものを
なんとか集めて、錬成して、音楽にする。

そういう生き物だな、と改めて呟く3月です。

私が10代の頃、話は全く変わりますが、
「コンサートを聴きにゆくと隣で号泣する」友達が一人いました。
コンサートの観客席で、しょっちゅう泣いていました(羽鳥が、じゃないですよ、私の友達が、です)

感動しやすい、のか、
音楽への感受性がずば抜けて強いからか
心に滲みてしまう音に出逢った時、人は、自分の心の場所に
どんな傷があったのかを初めて自覚的に、知るからなのか、

私は結局「どうして演奏を聴くと、泣くの?」という問いを
友達にぶつけたりしないまま
何年間も学友として、隣にいたのでした。

(泣いている方に差し出せるものなど、今も昔も、
 無言の見守りか、ハンカチぐらいですもの)
一緒に放課後の何時間も過ごしました。その頃も言葉は、絶対のツールではなかった。

なぜ昔話を書くつもりになったかというと
30代になった「私が」、あるコンサートで、ひさしぶりに泣いたからです。

泣いている観客を見たのでなく、「自分が」泣いている観客になった。のですね。

号泣を浄化と呼ぶ人もいる。
それは、ある意味では合っているし、
ある意味では、荒療治だ、とも、私は思ったのでした。

誰かには、ほろっと泣く、という心の動きが
その時の私には文字通り「滝のような」号泣に作用したのです。

号泣の理由は聞かないでくださいね、と、ブログで書き添えねばならないのは
あまり深い意味がなくて
未だに羽鳥が理由を見つけていないから。です。

大きすぎる情動は、たぶん複合感情というものかと
おぼろげに思いますが
到底ひとことの答えにならない。ままでおります。

水の人だね、という台詞を生きてきて50回以上、聞いてきたように思っているし
羽鳥の属性が水分過多だから
揺れると、こぼれやすい、という比喩も、めっちゃ合っているし
映画やコマーシャルにさえ、ほろっと泣くことはデフォルトで

あの日なぜそれほど号泣を?という問いは、

たとえば
私が誰かに問い詰めることがないままで、歩いてきたように

羽鳥もまた、誰からも、
問われたくないのかもしれません。

ひとことだけに、まとめてしまうには、不可解なほど不思議すぎる。

諦めではないと思う。寂しさでもないと思う。
号泣という心のメカニズムを結局、私は、分からぬままで、
今ほわほわと夜には暖房を使いながら、パソコンで文章を書いています。

今月
心柔らかい季節、10代には、卒業式。

そんな機会に、
例えば学年が違っても、大切な人に会えるはずだった日なのに
急に会えなくなった。
呼びとめることもできなくなった。
卒業する先輩に花を渡すことさえできなかった。

そんな不可抗力に、遭った人が、
2020は、どれほど、たくさん、いることだろう。

会えるはずの日が、ポンっと消えること。
来るなと言われること。動いてはならないこと。
そこにどれほどの激情が生まれるか、当事者でない私でさえ
卒業式は、出させてあげたかった、と、思う。

会いたい人がいない人など、あまり、いません。

私は高校卒業式から
あまりにも長い歳月を隔たって生きていますが

今年、今月が、卒業式だった全ての方に

ほんとうに頑張って泳いできたね、と、
卒業おめでとう、と
頑張りきったんだよ、ということ、

それも一つの「始まり」になるから、ということを

伝えられればいいのに、と思うのでした。

最後に。音楽と涙について、
私は、こじんまりした場所で グランドピアノを弾いていただけなのに
3、4人?のお客様が
泣いていることを見たことが実際あって。

え? と戸惑いを覚えたことが。
2 8歳の頃に、あるのですけれど
その時の、出演側の、私の気持ちは、え? でした。

きっと、その方達は、つらくて泣いていた訳では無いんだと。

理由を聞かれても、きっと明晰な言葉も出てこない。
私のせいでもない。お客様のせいでもない。

正解も不正解もない世界を

そろそろ、ただ、柔らかくて優しいものにフォーカスし続けることを

信念に据えてしまっても良いのではないだろうかと思う。
3月でした。

会いたい人がいる人にとって
会ってはならぬ、は、不条理そのものでしょう。卒業式という言葉で思いました。
きっと、ロミオとジュリエット並です。10代には。

電話や、手紙や、メールや、
とにかく色々なもので、少しでも「会う」以外の方法で、
絆が途切れませんように。

さらなるハッピーエンドをめざしてゆけますように。無理なく。

桜の季節に寄せてのdiaryでした。

高校卒業の3月から
10年以上、さらに音楽の海を泳いだ羽鳥が、ひとつの卒業の形として
ようやく2020年3月にリリースした出発CD「L’Etoile(レトワール)」は

羽鳥あや BOOTH 【オンラインショップ】
https://archeflores.booth.pm

こちらで聴いて頂けます。
案外、大学生のとき作ったメロディーを濾過して結晶にして
CDアルバムの中におさめた部分もあります。もちろん新曲も入っているけれど。そんな人生の不思議でした。

テーマ:キロン、カイロン、卒業式。

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