
色香、というものは
そもそも既婚女性や
子育て中の 女性が放つものではなく
まして
飛蘭という
激動を生きた魂が
そろそろ20歳で成人してるよね、生き抜いたよね、平和を獲得したよね。の頃の
玉蘭が
40代です。およそね。
その40代が
キャピキャピ言っていたら
著しく
想像にもイメージにも外れる、と、ご存知でしょうに。
この語りが届くと信じます。
飛が、「誰もが、困っているなら助けずにはおれなくなる飛が」成人で
平和を獲得する頃、玉蘭は40代です。
玉蘭が、キャピキャピ 口紅の新色を試しているところも
思い浮かばなければ
キャピキャピと髪に飾る花飾りを、
あっちかしら、こっちかしらと選びまくることもなければ。
「今度はあっち。次回はあっち。東里には、そろそろ美男がいるかな」って
ないでしょ。
ないんです。玉蘭としては、無いのです。
<嫉妬型の典型>の夫がいた玉蘭が
あっちやそっちや言うわけない。真堂先生じゃあるまいし。
あっちやそっち、って言ったら、そこに火事が起きることでしょう
「東里には、そろそろ、飛と同じ年齢の男性陣も〜」って言うわけないでしょう。
興味があるとしたら、飛の安否。
飛の辿り着く境地や楽園に興味はあっても。
玉蘭がキャピキャピする、とか、笑う。
玉蘭は、飛蘭の辿り着く最終境地と無事だけが関心事項です。
それは羽鳥と、どこか、似ていますよ
ーーー
追記
高齢蛙が
若返りを願い、もし桃を探し求めたとて
翡翠は桃に対して
ことさら
願いも希求も何もない。
桃は、ただ、後から来るもの
後ろを追いかけてきた笑顔
すこやかな生育を願いこそすれ
翡翠が
桃を探して彷徨うことはない、と
理解ください
桃に「元気にしているか」笑顔だけで
いきなり街の一部が焼かれそうです
桃を探したのは、カエルです。
老人蛙です。
わたしの読んだ物語は、そう。
翡翠は、桃を探さない。
桃酒を探すのが東里のメンバーと、俗系の人々として
飛蘭が、「桃酒」を探して歩くことはないでしょう。
桃酒に執着があるのはきっと、老人こと老蛙です。







