最終地点はその物語を生きたひとだけが

最終地点
最終に見える風景

最終に辿り着く態度、街

それを他人に(余人に)尋ねるのが間違いで

私は『花影彼方』のTitleだけに
幾つもの意味を見る

花に、もう付き纏う影や翳りは無い、という読み。
花にあった懊悩の影は、もう見当たらない。西里でよかった、という読み。

花が遠ざかる、遠ざかるままにさせる、の解釈。

それは鳥籠を開けるに似ている

鳥籠を開けたら
どれだけの空疎が残るとしても。ひとつの解釈は「鳥籠を開ける」「窓を開ける」

なぜなら。
作中に花影とはなんだったか、何の花だったか
”影”について記載さえ無い

当時 読者の願いは「花は龍の傍にあっても、翳りも消えて、痩せすぎた件も直って、態度に翳りがない」

ところが「花影が彼方」

花に纏わりついていた、本土からの影は飛び去ってゆく、でも。

タイトルに解釈はある
もし、マクシミリアンが治政を自分自身に望むなら
鳥籠を開けて窓は開けたままに、になる。

飛蘭という「龍」を泳がせる物語。となります

龍は、春天に放つ。
それは泳がせて問題ない。自由にさせて問題。旅も帰ってくるも自由、に見える

……それほどに泳がされて問題のないマクシミリアンならよかった、が、読者のつぶやきです

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