私の場合。アゲインスト:屋外。against:冬の屋外

さて。
クリスマスマーケットは「冬を温めてくれる夕飯前の市場、マルシェ」かも
しれませんけれどね?

真冬に対して強くはなく
2月に対して、もっと強くはない、

真冬に耐えられるアトピー体制なども「持っていない」猫型の私が

「against:Outdoor」って言い出すこと、そう暮らしていること。
本当は、犬の皆さんからすれば「猫なんだから、お家にいるのが当然🏡🐈 犬じゃないから」って


誰より納得されそうなものなのに。


そして今だから納得しました
「一年350日」でも「340日」でもLongLong引きこもりができている私の「母」も
それほどに散歩がなくて生きられてしまうのは、なぜ?


「専業主婦」の「猫側(誰かの帰りをちゃんと待てる)」だからです。


猫的な母、猫的な娘、(いずれも散歩をねだる習性が無い)その「女性二人が最初から、猫っぽさ」は
あるのです。猫っぽい繊細さ、猫っぽい集中力、猫っぽい「すやすや、家の中」


羽鳥が公平だと自分で自分を自認している、それは
「他人は外にいろ」ではないこと。「他人は外にずうっと彷徨え」なんかじゃないこと。


「他人は寒い屋外にずっと、いろ」なんて、毛頭、髪の毛すら、他者への「屋外の押し付け」が、ないこと。


羽鳥は家にいる、誰か外にいるか、それでは「某小説みたい」
実際のhatoriは「羽鳥もおうちでお家を守ってる。羽鳥が、お家を、守ってる。
羽鳥自体がお家を見張ってる。 家の外には、誰もいらない」(寒風に他人を置いてない)

「父上の ”家内”(かない)は、350日でも、散歩もなく、お家にいられるような猫」

その、あまりに、外の環境を求めない性格に
羽鳥がおののくほどの「母の引きこもり」(でも、猫って、高速道路ダメなんですよね?)

アウトドア派であるChiyaki(Ichika)氏に
「猫とは知っているけれど!猫とはわかっているけれど!!!そこをあえて!
 あえて屋外へ…………..!!」って (ほら、Ichikaは屋外を実演できてるよ!)って……… (困惑)

駆け回りたい子犬さんに「子犬の楽しさ」を演説を三年以上
毎日毎日、もしかすると1日おきですらなく、説教されていました、 Mais  私、猫側。

猫が、
CDをリュックに背負って、真冬に、2月に、売るのですか? CDを? セデを???
なぜ「2月に………?」


もう。羽鳥は「2月が鬼門です」と書いてしまおう。
羽鳥は「2月の執念深さが鬼門です」

子犬さんが「犬フェス」なるものに
真冬といえば屋外!って、祭に出ていらっしゃる。 それを 猫は「おうちで」「眺めた」

おうちで。ぽかぽかにして。
暖かくして。猫で過ごすこと。その幸せ、その混乱の少なさ、その寒さへの戦いのなさを
幸福と名づけて問題ないと考えている。それが私です

セントラルヒーティングでも
室内がちょっと冷えるな、、、の記憶は、私も、あったりするのですが
それって家族の「足りないものがある? いや寒し、いいよいいよ。お家にいてよ🏡」は

互いへの想い合いで間違っていないでしょう…….?

猫の「暖かい場所を好む」って
現代人が獲得した「幸せ」であるのに なぜ屋外へ?


子犬は「無闇に走り回りたい」そう
それって羽鳥は(ああ…..20代なら、それだけ、走り通せたかしら)と おばあ猫として
遠い眼差しをします

駈ける、という単語を
未使用になったのは「私が43歳になってから」

Book and Flowers

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