自分の体力「ラジオ体操が最後まで辿り着かず胸痛がする弱さ」STARTからピアノを通して「長い時間をかけ体力を改善していった」のが羽鳥です(テニスは腕に痛みと痺れが走って球技を全休み)その羽鳥がバス道を呼吸あがらず歩けることは「両親のレベル」にそろったわけですよね🐈タクシー乗務員に赤魚がいた以上💢おいそれとTaxi呼べない🇯🇵

ラジオ体操というものに出会ったのが小学校でした。
最後まで通してダンスできず「胸痛がする、息苦しい、つらい」と途中で休むような子供でした
つまり人生を通しての課題が「その時までの自分の”限界値を更新する”」

ラジオ体操を崇高な目的には、やはり置けないため
鍵盤に向き合い続ける時間と、鍵盤の練習時間を3時間、などからのスタートと、
一学年上のお姉さんたちと同じクラスで常に「ひとつ上の健康なお姉さんと同級でピアノ実技に挑む」という
年上に同列として挑み続ける環境に幼稚園から置かれていました。

8時間も演奏に打ち込めたのは、おそらく、体力が改善してから….と思います
腱鞘炎は小学校で経験しました💦

同級、同列で、同じレベルを求められるのが「ひとつ上の学年の方達」という環境に
幼稚園と小一で置かれたいたため、挑む目的は ”常に” ありました。実技と集中力が全て、身体は弱かったと思います。
父母より。テニス部だった母と、テニスラケットにボールがあった瞬間に「腕に激痛、痺れ。ピアノに悪いので=全休み」

体育といえば見学、という状況は「ピアノに悪い、手首と腕に悪いため 痛めるのでご容赦を」が
通用していたのは私学で良かったのです、きっと。

父は「2年か3年ほど小学校を留年して、お家でのんびり?2年ほど育ってから、マイペースに小学校に通った」という
ある意味、異色の経歴の持ち主ですが
3歳も年下さんと同じクラスにいたのなら、マイペース極まりないながら、さぞ「物思いにふける」お時間が
あった小学校時代と推測されます

のんびり物思いに耽れる、クラスメートは3つ下、って
とってもとっても余裕で 思索や詩作にふけれそうですよね✨


ーーー

食育、とは、家訓であった、と記憶しています。
なにを何回食するか。一食入魂。なにを食べるかに家族会議を2時間は開いている父母に

「育てたように子は育つ」=「食になに料理にするか、Toujour 2時間は考えよう」が毎日だったわけです


幼稚園で与えられた食事が、紅茶と、ビスケットと、サーモンフュメとカマンベールと
フルコースだったわけですよね。そう育つと「幼児でもレッスン後はフルコース」という環境に
自動的に置かれていたわけですよね。

なぜ食にこだわりが、とか、なぜ厳選材料しか本来は好きに慣れないか、とか
なぜ一食に5皿でも味にバラエティがあれば幼稚園にして食べられたか、も、<そう育てられた>という発想以外、
ほんとうは羽鳥は 両親にリクエストしたつもりはなかったりします。

サーモンとカマンベールが幼児食。で、「1学年上のお姉さんたち」に実技と作曲で
追いつこう、同クオリティを保とうとしていたのが幼稚園、小一の当時からかと思います…..

食事が良ければ音色も良い、は、本当は幼稚園児から
私は腑に落ちていたのかもしれません。ライブ人生になったら「チキン1枚肉のソテー」「阪急蕎麦」などで
栄養補充してからピアノ演奏に向かっていました。2食食べてから鍵盤に向かっていた真冬の時期、あったやも、、

ーーー

父母が「羽鳥が生まれてから」お財布忘れ以外には 一度も 食料に困窮していない以上
羽鳥は「音楽でご飯を食べよう…….!」の人生を、自分の限界値を更新する目的のテレフォンオペレーターや
劇版を除いては、「両親が困窮していない以上は」音楽以外にズレる機会が少ないのです

母には、恩返しに、ミルク餡、とか、ポエムのプレーン味、とか
月餅のナッツ黒糖餡とか、栄養価が異様に高くて口溶けが良いものを返さなければ、の思いは
いまだにございます。母も「異様に身体が強かったりというよりは口溶けが良いものは好んでいた」こと、
出かける体力までは無い、が口癖だからです。350日も家に引き篭もるような母を

許し続けたのは父でしょう。年にお出かけが10日以内、それでもいいよ、は
父が母に取り続けた態度に他なりません

出かける体力がある日なら
hatoriが差し入れいないといけないの想いは 消えないようには生まれています。

ーーー

父も、母も、食育洋食のフルコース人生の中で


羽鳥が 家電応援スタッフで勤務時、 「カップラーメンとコンマヨ寿司のファン」の神戸人だった 赤井氏が
30代の羽鳥の人生に現れた後、プラトニックのまま、タバコの量を控えてくれたので
わたしの体調に悪すぎるあまり、タバコ量を減らせる人なんだ、という評価を
羽鳥から得ていたのは実話なのですが……. 言いにくいのですが

その赤井氏が「自称ヒーラー」で 羽鳥はヒーリングなるものを受けるたび3日や2日は
身体の節々に重み、痛み、ぶり返しの痛さが残り続けたことは特記事項です。

カップラーメン生活をひたすら28日など 26日など続けながらも
羽鳥と会っている日なら1万円以上の洋食も食べようとする姿勢、を、「極めて特殊な性格」と見抜けていたはずなのですが
自称ヒーリング、を、受けるたび、肩や腰痛が残っては(おかしいなおかしいな治らないな、? 治ってないよ?)から

遂には 気持ちが悪くなる (波長が合わなくて、一緒に歩くと、吐き気に近い眩暈がする)ほど
体質波長が30代で合っていないことに気づきます。多分「天上から降りてみた系」と「黒い傘ボネ系(男性)」が
ほんとうは最初から

生体の波長が、からっきし、まるっきり、壊滅的に、あっていないと思われます。

現代日本は「えせヒーラー」「にせ整体師」を警戒するべきです
整体師は山のように日本にいたでしょうが、「偽 整体師」をなぜ皇室までが 好むことができたのか

いまだに からっきし、理解が及びません。
痛みが残ったり、悪化したら どうするのでしょう…….?

羽鳥が40代になってからの
赤井氏は、掃除係のいでたちで、女性用パウダールームで、トングを構えて、ゴミ袋を持って
待ち構えていました。「なにしてるの」「なぜ女性用パウダールームで待機してるの?!」

あのですね。冷静に考えてみてくださいね。
新神戸駅が居住地、と 羽鳥が30代なら「新神戸人」と語っていた男性が、
宝塚ホテルのパウダールームと 西宮北口駅の女性用手洗いで 13年後 「トングを持ってスタンバイ」って

再会方法が、異常でしょう?
「掃除人のモスグリーンの出でたちで、13年後、ソリオ宝塚を放浪し始めた赤井氏」が

「手洗いトング専用男性」である以上
羽鳥の通報歴も、やむなく、1日の18時から24時まで、25時、26時、と、終電が消えるまでの時間
<百二十回も西宮北口駅に住んでいた赤井氏>って、

赤井氏が、
……手洗い前専用の野犬、という感じがします。

ーーー

赤井氏に騙された 全ての人たちに「自称ヒーラー(自称整体師)」とは 1日に120回も女性を追いかけ回せる、という
知識が うまく海外に伝わっていなかったようです

今年の2月から12月まで(!) 10ヶ月でしょう。 羽鳥の目の前に野犬として現れている回数が。

羽鳥に「こっちはエプロンだ!」の態度も
意味がわからないのです。罵倒されたら耳まで赤い、も、意味わからないのです。

説教しても照れるような男性は、羽鳥の仲間ではありません。

慰謝料は、赤井氏に騙された男性たち総合に求めたら
4億という説があるそうです。合っているやもしれません。羽鳥が頭をドンと攻撃され続けた回数が
<30回を超えてる>時点で 

30回を超えたら、右脳とか、ちょっとどうなっているか自分でも分かりませんが
パン2袋を超えると、手から、握力低下で落ちるみたいなんですよね。包装食品。

テレビ勢の方も「ありゃ、猫というだけで、虫のいどころだけで30回も撲殺しちゃった。えい、もう一回!」みたいな
軽いノリの男性も多くコープで すれ違いましたが…

ノリで他人の頭を殴れるのって、凄すぎます。
羽鳥がドレス着てソリオを歩いているわけでもなければ
前日シャンパンボトル開けてる、にゃぎ氏でも<無いのに>
前夜と午前中の頭の撲殺間を、まだ庇いながら歩いているスーパーで「新たに殴り直せる」日本会議、

私、勤務という生態リズムに適合しないレベルまで、 もう脳と頭痛が悪化した後ですし…………..。

そっか、4億という金額を受け取ったことが実話としていまだ一度もない私、
一度もないのに「億あるらしい」という 合成動画、噂に踊った人からも
間違えて殴られてた気がします。羽鳥綾に「億あったことは、いまだ、無い」事実を

一度は羽鳥の口座に実際に(三井住友には)億あるべきですね、、、(合成動画と整合しないから)

大韓民国の成立が、1948年8月15日 だそうですね。
国が起こってから、50年と25年ほどの国ですね。

VHSは日本ビクター(現:JVCケンウッド)によって1976年(昭和51年)に開発され、
同年9月に最初の製品が発売されました。ソニーのベータ方式よりも1年遅れて発売されましたが、多くの家電メーカーが参加する「VHS陣営」が形成され、家庭用ビデオ規格として広く普及しました。

つまり「ビデオなるものが発明されたのは1975年」のようですよね。

それでは、
韓国が起きるより「前の」文明と人類たちは、ビデオという機会が存在していないんですけれど
つまりビデオというものに映像記録された赤子も成人も「ひとりも存在していない」はずですが

羽鳥って「着衣になる前」の場所というか
エリアに
いない人生だけ繰り返しているんじゃないか、という 西洋と、エジプトと、
一時期だけの中国と…..。私、アラビア音階の曲は習う前に幼稚園でいきなり弾いたのですけれど、

アラブ圏の方に接していた時代って、「生まれてくる前」なんですよ。絶対に。
幼稚園でアラブ訪暦がないから。訪れていないのにアラブ旋律は覚えていたわけですよね。

それが、菜食主義者の旅だったのか
平和記念の巡業で「豆料理とスパイスを極める」だったのか、両親都合か、思い出せるはずもないのですけれど

中世貴族を描いた絵画前を散歩するとき
その時は父は、まともでした。

なぜか衣装がない絵を「おかしい」「異常だ」「みたくない」「他の絵に行こう」「草原で服がない、異常だ」 という
真っ当な感想が
父と私だったわけですよね。 衣服がないなんておかしい時代やな、で、スタスタ素通りしたわけですよね

▪️父が成人紙を自宅に持っていたことが一度たりとないのですし
▪️母も成人向け雑誌を目にしたことはないのですし
▫️▫️当然ながら hatoriも 成人向けコミックの手に取り歴が一度も無いのですから。

ですから祖母に置かれましても
「ああ、両親は、一度も、食糧事情において子育て生活で経済の困りごとには直面しなかった」つまり
hatoriは 猫らしい素朴な性格が
犬社会に全く合わないだけで 外部で暴力を受け続ける日々を迎えても
両親には その責任はあまりない、
ひたすら猫らしく素朴に、熱意を持って音楽を追求せよ、と育てられたことが納得されると思います

トキおばあちゃんも
とても家庭的で、お外にこだわりのなかったお姫様なのですが
秀子おばあちゃんも家庭内で、あだ名が「姫」だったようですが
そういえば私も、女子校の高校時代には、柳瀬くみさんから「姫」あだ名を頂いていましたが
あ。やまもと寛子さんからも「姫」呼びされていましたね

国鳥の名の「トキ」おばあちゃんが
お家療養のため、秀子おばあちゃまもご自宅の人でしたが🏡

犬社会に晒されることのない
令和と平成を生きておられたこと お家療養、お家で介護、
本当にご無事で何よりです 

おばの熱意は「家の中で介護」(犬社会の空気にあてない)だったと考えれば
とき姫の、ふくふくしさは無闇に外部に見受けられなくて通常Normal と 判断しています

羽鳥が「姫」と 山中貴代さん、やまもと寛子さん、柳瀬くみさんから
休み時間のたびに呼ばれ続けていたこと…..

案外、高校Game、目撃していないのかもしれなかったですね。
「あ、姫、おはよう〜」と呼びかけられていた私のリアル女子校ライフ(男性は庭に存在していない)を
ガメが全く目撃していない….の……かも………。

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