羽鳥は、この世でもっとも「まとも」な感受性しか話していません。
・他人をおだてられない
・他人の機嫌を取れない
・賢く思えないものに、「明案」とも言えない(くちびるが動かない)
・この人、大人ほどの知性がないのかもしれない……..、と気づいたら凍りつく(バカにする表情が、そのまま出る)
・尊敬できないものは10億円積まれても尊敬できない。
・他人を煽てる職業ほど向かないものは、無い
ですから
「ああ今この人、本音をまったく喋っていないな…….」っていう
うわすべりしてゆくお世辞にため息しか反応が返らないのです
だからこそ機嫌を取ってくる人がいないわけですけれど
ああ本音じゃ無いよね、って一瞬で見破られるレベルの「おだて」なんて、いらないですよね。
「おだて」だけで舞い登ってゆく男性を見守っていた、というニャギ氏と
つくっづく「真反対」ですよね
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羽鳥が、日本における中華料理に感謝していたのは「幼稚園児でも、怖がらないレベルの食材と工夫」で
提供してくださっていたからです
エビのケチャップ煮、たまごスープ、からさゼロの炒め物………。
胃もたれしない、ふわっとした海老のフリット、
野菜だけの優しさの麺………..。
「その食材は日本では、聴きません、知りません」を避けてくださっていた中華料理に
ものすごく信頼と御礼と安心感と、食育の時の感謝があります。
ですから高校生時代の旧友が
「ワニも、ナマコも、食材とみなして退治して料理できちゃうのが、うちのお父さんだよ!頼もしいよ!」って
教えてくださったときも
それは”おいしそう”の感受性はわたしは無いのだけれど、
ワニをも カエルをも 蝙蝠をも
ナマコをも すべて「対峙して」「やっつけて」「油で調理できちゃう」Superiore!な勇敢な中華料理人の方には
わたしは頭は上がらない、それは、17歳の頃に預言されていたように思います
羽鳥が「食べたくなーい!」『食べられない….』と
沈鬱に泣くか、沈むか、心底から謝るか、そういう食材が、かなりあると思われます。
「姿煮」「丸揚げ」「アワビの姿煮」(逃げると思います羽鳥は。幼児期でも、小学生時期でも、50歳になっていても….)
羽鳥を幼稚園児生の感受性を保ったまま、と推測していただければ
まっとう 真正直でしょう………..?
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卵白のスープ
アスパラガスとふわふわ卵
野菜だけの餡の麺
野菜のお色を生かした食べ物
エビのケチャップ煮
羽鳥がお昼の日差しと共に感動したお料理は
ずっと記憶に残ると思います ”からくない”という感動







