本編を補足してみました。血の色って、案外、深いテーマですよね

画像ひとつに
黒龍と草郎の入水自殺SSまで浮かぶという、容赦のなさ。

某物語から私が受け継いだものに「容赦のなさ」が
ある気がしたけれど
それは言葉の容赦のなさ、に留め置かせてください。言葉としての手控えをしないこと。

飛が、西里に無事に原作通り還ったときに。
意外に<冬眠と草郎>って入水してそう………….という発想を、メモに留めます。

冬の海に還ってゆく、冬眠と草郎というイメージを
どうして一枚の絵から視たか、も今は置きます。

過ちのある人など、今の時代に、見かけすぎる。
過ちをしたひとなど、このご時世に、ごろごろゾロゾロ見かける気がする。そのすべてを

いったん刃の露にしたところで何になったか
記憶を失って、再びもう一度、ゾロゾロゴロゴロ出てくるだけ。斬り捨ての意味を私はそろそろ信じていません。

少なくともマクシミリアンに斬られた魂が、自動的に
完全に心の傷が癒えて、別人として心清く正しく生まれてくるのか、その辺りを羽鳥は信じていない。

そう、手控えない”言葉”というもの。その鋭さ。
それはグランドピアノにぶつけることが一番
穏当で平和で真っ当で誰ひとり傷づかない と
音大時代に、痛いほど、ピアノに感謝していました。私、首謀者じゃないですけれど。すべての。

結局のところ
作家自身でなく、飛自身として生を受けたわけでもない<私>には  荷は少ない

はなやぎと平穏が残るべきに南里と西里。
潰えるべきに<北>を決然と置きましたのは、

自分自身の息子を龍に捧げる(献上する、あとは知らない)文化の発祥が
西里ではなくて、
原作で言うところの<北里>に、
すべての怨恨や悲劇が凝縮している気がしてくるからです。幼い息子を「龍」に捧げておけば
家の家計としては安泰という思想。 自分の息子は「龍に捧げるために息子を女性に産んでもらう」という思想。

「赤子の幸せを願う(幸せな生育を願う)」女親と、本来的には同等に尊いのは「手元で息子も育てあげ成人させて仕事に就かせる」という
日本の考え方を再度、掲げておきます。
男児も、女児も、ちゃんと成人させるまで
「龍に貢がない」という考え方が、西には<豊かさ>として残ればいい。

雪飛が、ひっそりと、多くの人身御供がマクシミリアン宛に貢がれるような環境も文化も、一切ごめんだと
とてもひっそりと苦笑しています。
つまりマクシミリアンというキャラクターに、赤子も、幼児、<貢がれる>は必要ない、と。

<目移り>を最大にいとわしむマクシミリアンというキャラクターは
途中からは飛成分を、多分に、纏っています。推測ですけれど。
目移りできない性格が、赤子を貢がれることを求めないのも西里ならでは。

飛自身にも「赤子が貢がれる必要性はない」と。
原作に寄せていえば「マクシミリアンのお守り、南里の火事の鎮火で、もう手一杯」と。

南里の「当代」が、放火歴のある劇団出身生を身近に召し抱えたことも
まだ原作からの記憶に新しく。火事を起こしてネックレスを奪って、当代女主人に仕える、というキャラクターも
やがて市政に帰りましたよね。街なかの人になっている。実は火災犯人だしネックレス強盗も行っていました、と自供の上で。



みなの記憶に残る、マクシミリアンと飛は、
南の女主人文化の「次代」にも、そのうちに出逢うのでしょう。


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