SS「束の間に夢」

やけに触れ心地がいい季節

「玉蘭どの。あなたが俺の母上という噂は…….」
「子守唄を歌っていた時分から隔てられて以降、一度も、会話すら交わせていない。
 であれば支えは、養父からの言葉によるのであろう? 母は言葉を遺せていなかったのだから」

「その通りと思う。師父が与えた書籍をすべて暗記したことで
 送り仮名や脱字にも眉根が寄るように
 育ってしまった。送り仮名違いにも、書き換えにも、眉をひそめている。
 師父には感謝しています。誤った言葉をすべて治してくださったので……」

自然に、名詩は暗誦するように。

「生傷が絶えないのは、おおよそ、箱の外へと歩むよう勧められた時分から?」
「いえ。西里は治安がもともと悪い街でもなかった。大龍が整えられた後の街だったからか、
 まち歩きを始めた当初、手傷を負った覚えも、不条理も災難もとくに、記憶にはない」
「17歳で初めて、街へ出てみた、とか。よく苛立たなかったな、箱入りの育てに」

ずいぶん根気づよいこと、という
それだけの短い言葉にすら、面映ゆさを感じてならない。

喜ばれている、と気づくのは、いつから。
決まった範囲に暮らすこと

「書籍と、茶の種類の多さ。それだけで時を持て余すことはなかったのだと」

思う、を、思いますに言い変えて。
激動は18歳の頃から。つまり、銀灰の気性激しい「龍」を迎えようとしてから。
街に覚醒剤騒ぎがめばえてからのこと。

(そう異臭さわぎから全てが変わっただけ)

ふと眼差しが翳ると自覚して、改めて、表情を装いなおす。

「あなたの頃の、師父は、お目が悪かったようなことは?』
「さあ。あいにく、読み聞かせや書物の読み上げなどは頼んでいないな」
「俺に、いつか読んで聞かせてもらうことがあるかも知れないからと。詩教、科挙資料など買い与えてくださって」

 暗唱する書籍に事欠かなかった生育に
 心から感謝しています。

「火付を、したことはないな?」
「もちろん」
「……………それなら安心した。あのひとは、火をつけることも厭わないと口説いていた」

南里に火付が出るのは
およそ北里の『龍』関連。もともと女人宮は、火付に遭うことが少ないから
ただ驚いていた。燃やせばいいという観念そのものが、およそ北里に根差した大元の考えではないのか、と

「母上?」
「よく、あの月亮が荒れなかった。18年ものあいだ一度も」

一度も理不尽に遭わないままの18年。
そこからの落差に翳るまなざしが、その沈鬱さが、どこかしら、だれかに似て。

「『龍』とは、街を乱さずにおかない生き物。そう思い込んだであろう。そなたもわたしも」
「ひとが龍を名乗る以上は、無理があると。思い込んではきました。少なくとも…..」

気性の激しさが「龍」の気性の現れ、と
その当初からの思い込みが良くなかったと目を伏せて、やまない。

読みきれない行動があれば「龍」
その思い込みが、おそらく全ての端緒

この身も「龍」の血を引いている、と気づいてから



いつしか
よってたつ理由は、いつの季節からか「玉蘭の花」を継いでいる自覚だけに。


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