そらとぶゆめ 飛行夢。
その曲の「歌詞の不吉」を15歳では読み逃し
その歌詞の不吉を痛感することなく…..
30代を過ぎてから ようやくです
「そらとぶゆめ」
私が思うわたしがいない、とは、どういう意味?
私の知っている私が、他人の目には、いやしない(別人としか見られていない)
私の思うわたし(私が知っている羽鳥あや)が、
そういう正しい姿で他国にいない、とは、どういう意味。
いつからか 飛行する夢を見ない、 いつからか飛行機に容易に乗れるような
気軽な夢をみない (….飛行機にもEasyに乗れる時代が「平和で良い時代」ですよね?)
飛べなくなる夢、のタイトルの曲が
「わたしの思うわたしが他国にはいなくなってる。なぜ?」でしょう?
痩せた指が手招きしても絶対に答えてはいけない。 ー攫われるから?
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そらを飛べなくなる夢。
わたしの思う正しいわたし、無性愛のわたしが、なぜか他国にいない
飛行機にも簡単には乗れない。それは、なぜ? → 小峰公子氏が阻むから。
羽鳥の「悪いところ」のデフォルメの真似と 虐殺で名高い小峰氏が
かんたんには他国に飛べなくなることを求める方が自然なのでしょう。
空を飛べなくなる夢 を 痩せた指の招きと描いたアルバム
ゆえに羽鳥が30代にもなって
「痩せた指」を拒むようになるのは…….痩せた指のイラストに眉を顰めたのは
小さな子にも「痩せた指を拒むよう、避けるよう、逃げてくるよう」言うのは
🕷️の手指は骨ばっている、と、気づいてから余計に。
羽鳥の(森本)の 家系の「敵」が🕷️
その理屈で、わたしとわたしの家族の敵は、Sae Okamura🕷️, AYA Kamishima🕷️, Koko komine🕷️
そうして。
無垢として描かれている16歳が、 最初から、🕷️だったか、という論争はやめておこうと思います
なぜなら幼児にも 味方にも 敵にも 異物を放り投げる描写など一度も出てこなかったから。
異物を敵に投げ入れる、蜘蛛を敵に放り入れる、という 2025年の羽鳥が「実体験した被害(蜘蛛を投げ入れられた)」を
どうにも17歳が 他人に行っているように見えない。 それが理由です
17歳の 「飛」が 街の安寧と 街の発展と 喧嘩のなさ 母子家庭(春華)の幸せ そういう類を願っている
平和と安穏を願うキャラクターである以上 飛と、
いろいろな街を「なし崩しに」ペルー式に変えてしまった
奈良商店街すらペルー式に染め替えた 「小峰氏」 (喧嘩のなさが好み? ご冗談でしょう?) を
完全に分けて考えています。
羽鳥あやは「無せいよく」です
それはね、言い換えれば
「愛情表現は」「性的行動以外でお買いします」と同じ意味と
高校生の知能があれば気づいてください。無性浴、無性愛の羽鳥が「無駄に襲われているだけ」です







