先生的、先鋭的、自衛権。
夜中の独白です。
無性欲、男性には特に完全無性欲の羽鳥が(男性は同じ空気も吸えないので。煙たくて。煙が)
羽鳥のキャラクターを誤解されるような
ディープフェイクや 造話があるたびに 「羽鳥を異性愛者と勘違いした男性が」わらわらとミニコープに
わくという 犯罪を繰り返し繰り返し繰り返し、受けてきました。
羽鳥が「男性を好きかもしれない」という1000日以上の石川からの淡い期待と
20代以降に会ってもいない「あめく」からの淡い期待と
小峰氏からの「男性も好きになってくれないかなという淡い期待 & Lなら逆と500日は噂を長そう」によって
たえず男性からは「間違えて追いかけられてきました」スーパーに。
Lを追いかけ続ける男性の群れはスーパーとコンビニにいました。
その怒りが、爆発しました。
母が「机の顔で頭をぶつけて死ぬよ」と2回ほど繰り返すので、
それほど「頭をぶつけてケガ」をお望みなら、と反撃しました。
全ての「勘違いして襲ってくる男性に」捧げます
わらわらと、わやわやと、「羽鳥さんっておじさんが好きなの?」って勘違いして襲ってきたシニア男性全てへの
怒りと憎しみと殺意を、私の同居母にぶつけます。
船橋の心臓にナイフを突き立てるのは、幸せそう、とはっきり しみじみ悟りました
布団相手に、全身全霊で刺す練習をしました。船橋を。
船橋への怒りを全て、 「机で頭をぶつけろ」発言の母親への 肉弾戦反撃に 込めます。 AYAKO
なお、観阿弥世阿弥の「頭を回して怒りを表現」と
「歌舞伎」は観たことがあります。 「人形による嘆きの表現」「人形による恥じらいの表現」「人形による葛藤の表現」
そう、「人形による」嘆き、悲しみ、号泣、葛藤、顔を背ける、
その「人形を用いての」という「あやつりぞうし」は、私は漫画未読ですけれど
石川氏が好んだジャンルのようですね。
あやつりぞうし、読まんの?ってテレパスありましたっけ。
人形の進化のひとつの決着点が「殺傷用人形」でしたっけ。あやつりぞうしの漂流終着点でしょうか
じゃあ、hatoriは
人形劇も、人形お、愛する必要ないですよね。なんだか感激に行って舞台の人形に殺められそうで
このんで観にいきたい筋書きではないですね。
そして「人形の号泣、葛藤、未練、顔をそむける、嘆き」では感動できるのに
現代女性の嘆きも葛藤も号泣も”どうでもいい”みたいですから
観にゆく必要もないですよね?
演劇の演じ手が「心無い」わけで「心がない」なら 慕う理由が存在しない
なお、大井やすよ氏って、実のお母様殺しの先輩らしいですよね。
私が「多くの男性に間違って襲われることで」憎しみと憤りと吐き気と嫌悪を募らせれば
私が同居家族の命を間違って殺めることを、大井やすよ氏が望んでいますよね。
大井氏の作戦通りに生きるわけにもいきません。







