わたしが日本男性を阿呆だと感じる最大原因が
「あの赤い瞳に襲われない」と「思い込んで」日々を暮らしているからです
その救いようのない阿呆さを 通勤電車でなぜ忘れられるの?
なぜ「現実化せず、襲いにも来ないのが赤い瞳」という
幸せな勘違いをできて
ときめいていられるのか その平和ボケさが………………
放置していい赤い瞳じゃないと思います
何百回言われても「なんか食い殺されるまで危険と分からないように生まれついてるみたい、男性」
にへ、って笑ったら食い殺される現実男性たち、って
女神から憐れまれなくなってくるんですよ。
救いようがない阿呆さが……… 羽鳥「危険ですよ」 男性「君じゃなく赤瞳って、かわいいと思う(デレ)←手遅れ」
女性目線なら「洋服を着せられず」「制服以外の私服がなく」「通常の食事が取れるように生まれていず」
「14歳を庇って突撃命令で散っており」「監督を殺しに行くような少女」
包帯男の描いた「真っ赤な瞳」が「たくさんいて水槽泳いでる」に、某監督以外が憧れたなら「やばさを理解できていない」(目が合ったらアウト!を増やして水槽入れてる時点で……..)







