綾紐…… 絹の光沢を持つ、季節の飾り紐。
「前には、どの季節どの色がお好みとか言ってなかった?」
「翌月を表す色、新調した布地に合わせて変えたい、毎日同じ綾紐も飽きるとか
言ってた気がしたけれど?」
意外に鋭い指摘に
しばらく声を失った。
「季節の花の数だけ揃えるような君でも、あまり不思議ないままなのに奇妙」
「……..困った」
参った、と呟くのは
お手上げに近く。
「懐かしくなる品も含めて、もし譲られるひとに、なんらか害が継がれてもいけないと、思ったのだが」
ぜひ今のうちに処分を、と、
侍女などの目に触れる前に。

蛇が振り落とされるところを垣間見る、綾紐
色の変色が見られた綾紐、だから目に触れぬよう
物盗りに遭った時、髪を結わえていた品だから?
……..理由ばかりが多過ぎて沈黙が落ちた。
失くすな、と念押しされた挙句
気づけば床の上。 ふと取り上げれば指先に傷。 手首の跡。 数えても きりが、ない。
「きりがない、から。系が増えるばかりでは困る」
「きりがない?」
「それほど良い思い出を纏った品では、ないという意味」
相手の耳に煌めいた琥珀が光を受けて
一瞬、眩暈がした。ことごとく血縁と言われた相手の性質が、悪すぎる。
ただ綾紐の処分を、と願うことが、それほどめずらしい依頼なのだろうか
だれかがうっかりと手にする、その前に。
「髪に纏っていた物品の処分をあなたに、頼めばいいと思った……のだが」
控えめな渋面に、気づく。
かめしまに何かを約した覚えがない。依頼をしていない、
中身の知れない包みに亀型の鼈甲をその日に壊したこと、それすら、選択の結果と知られていれば、いいと。
絶対に捨てたい、その憤りから鼈甲を破り、文を捨て
煤けはじめた組紐までを捨て
一色なら手元に残そうかと逡巡し、眺めていた時まで
睨むまなざしが微妙に揺らぐ銀糸に
切り捨てようとして形が残った組紐も
「それほど迷惑? こんな複雑に組まれているのに」
「だから余計と、あとから誰か手放しがたくなっても困る」
綾紐と組紐の全処分を、と。手をわずらわせるが、どうか容赦を、と
かさねて申し出る声が苦い。いくつかの色は集めていたことすら知られてひさしい。
……叶わないか。ゆかりのある髪飾りなら処分しておいてほしいだけの、願いも。
火付が、できない。この街で火を出せない
それが表向きの理由。冬眠どのの屋敷で小さくとも火など出せるわけも、ない
託す、という話になったのは意外に「すべて処分してほしい」だけのこと
「よく考えて。それでは、西里が、襲ってこない?」
いくつか宝玉が、あるでしょう?
まだ灯火も受けていられる、傷んでもいない糸も
複雑に組まれているのに、のくだりが どこか褒め言葉に似た響きに
顔をしかめる
あなたには解ける(ほどける)のかも知れないが、こちらではそもそもが太刀打ちができない
心にきざす、あらゆる言葉が
語られるには意味合いが多すぎる
こちらの手で処分が、できない。だからこそ、
「本来なら、あの男に、還す、べき」
絞りだす言葉に、どれだけの意味があるのか
すべての綾紐は意外にほどかれる、それを
(許すと、思うか)
ほどけてしまえばいい。それこそ心に宿る 贈られた糸はほどけてゆくほうがいい、
龍には容易い願いに違いないと
裏切るという行為にどれほどの意味を持たせるつもりか
いうことを効かないという選択が
果たして、響くか
そろそろ自信は、無い。
「全部、持ってかえらないといけないという意味でしょう? 処分権も本来ない、とか」
「だから託すと。あなたが”龍”の座にいる限り、絹や編まれた糸など」
造作もなく捨ててしまえるかと。
この場所に不要、と重ねて頼み込む声音が凍る。
受け取らないだろう手指の幻は脳裏から消えない
やけに、近い幻を頬に感じた気がした
やけに見慣れた、手指ばかり。 ずっと捜している。琥珀色の灯りのもと
差し込む指先に、そう、
爪を伸ばす「龍」が多いと呆れて笑った。
「笑う?」
「…….龍は、爪は伸ばすものと」
さすがに気づきながら生きてきたので。予告がないところまで、そっくり。
首に馴染む、ほそい綾紐の感触に
どこか安心する心地をたぶん、知られて。
滲んでゆく血の匂いと、あおのく。
深傷を負っていた時の髪を束ねた紐には
なんの違和感も執着も、残っていないのに
「不吉、とか? 綾紐、その品も、そういう言葉も、そろそろ不吉?」
視線の先の綾紐に、およそ、送り主の悪趣味まで伝わっているのだろう
碧玉、
水晶。そういった類を汚しても踏んでも気に留めないような、横顔を
なぜ思い出すのだろう
笑み多いことがこの相手の特徴と思う
ずいぶん笑みばかり多い、声色
(違いない)
やけに翳りのない綾紐まで、ぼやけて不吉。
「甘い香りの糸もあるね。紫色の」
光沢も残っている品が多そうなのに
無用と顔に出ているね、と笑まれることに
同意や、わずかな悔しさが、ないまぜ。 要望通りに進まない気がする。 ふっ、と息を詰めつづける動作に
不思議と厄介さだけ、似ていたのかも知れない、と。
「泣くほど無体をするひと?」
「………..どの色を好んだ、と強盗に襲われた、などの記憶が」
そのひとしなにすら、纏わっているから。
ゆわえれば咎められる、その理不尽すら小さく過ぎってゆく
心の季節のすべて。
白龍に拾いあげられていたか、少しも、さだかではない
街の一部が燃えた時、虚脱心、あの銀灰の戯れですらなく、形をなくした街並みの一部
かえらない並び 調度、灯り
誰かの婚礼の一部始終を手伝わされた折の、あらたまった色の紐。そのすべて
「いら、ない…..火災と、育ったまちの消える景色、なぞ」
「それはそちらが決めること?」
花路に拘束されていたとき。何を告げようが取り合われない、こちらが銀灰を狙うと信じ込んでいる、言い含められている、その空恐ろしさ。
飾り紐と飾り帯で装ってすらも、放り出された折。
綾紐ひとつですら付け狙ってくる輩が多すぎた、街。
ひとつすら、耐え難い、と。
たとえば何も気づかず10代の技芸娘に「譲って」と頼みこまれる、
たとえば同じ色を探す娘たちが増えたこと
旅支度に合わせて艶めいた色の複数が
無駄になった記憶、そのすべて 最初から手首にも求めていない
「もう、いらない」
みずからの涙で、少し焦点を取り戻す
苦痛と、振り払いたかったものは、なに。
ほどいておきたかった色は、何。
押し付けられた飾り紐の束を、託すのは「誤ってゆずられるものの無いよう」
不意の爪痕に、軽く、笑む。
血の匂い。みずからの血の匂い、
………….動けないということに、どれだけ慣れてゆく人生。
吐息の行方が、冬眠に届いているだけで、たぶん
あとから罰されれば、じゅうぶん。
そう、刺さる爪の尖りに笑った
あまり見えない瞳が 琥珀による、と知れていた。
(正直、誰にも継いでもらいたくない。「龍」に爪刺される時間を)
抵抗というものが、無意味。
丁寧に、くちびるまで塞ぐ手指に、さすがに、噛みつかない。
知らない手。
そう、認識が、やっと。
あんたの手ではない。それで、やっと。
たしかに頼りない光沢を見たくもなかった、それだけが揺れない
「甥どの。取り返しがつくとは限らないから」
覚えていて。
この宵が、このあと、どれほどの意味をも、持たなくなろうと。
なぜ、迎えにこなかった、と。
そんなたわいのない難詰を呟くべき時期を、遠く、きっと過ぎて。
草郎どのに、詫びを?
そんな思考の端、穏やかなまなざしの怒りに触れるかよくわからない気がしていた
首筋の綾紐を、どうにか緩める自分の手指を
自覚する
どこか安堵する気配を聞いたような、聞かないような。
呼吸は、しているのだろうけれど。
呼吸こそ、しているけれど
「甥どの。もともと握力が、弱い? 返せる?」
(……..任せる)
くちびるの動きで、託す。お任せする。
だれかを手刀で伸す力など忘れている、その事実も、意外に任せてしまえ、と。
そう、まだ糸をほどくことの代わり
続く時間に終わりがこのまま見えないなら
ふ、と流れる景色におそらく呼吸が弱いと、わかっていて。
………….龍玉を、取り、戻す?
龍玉は取り戻す、と、
いつ、誰が、約したのだろう
ずいぶんと遅い。
寒いのに、遅い。
遅かったようだ、と だから最初から
それも、いつ、誰が。







