べつに大国に喧嘩を売らなくても。「その通りBiensur」だけ「はい」だけ言うキャラクターに「究極ならない」43歳

日本という「カーストの存在しない国」で育んできた
大切な大切な気づきの連続の43年間。その中で「oui」だけを言わされ続ける場面は少な過ぎて。
なぜなら「君はどう思う」「君の意見はどう」「娘的には、なんや?」「綾子はどうしたい?」

すべて「君の場合の意見を聞きたい」の家族制度の中で
呼吸して生きてきました。カフェでも同じ。母からも同じ。父が執筆中も同じ。「君の意見は」です
そこに「oui」だけ「Yesだけ」なんて、あり得ない。一緒の意見、が、ほぼない。
既出以外を話す以外の時間を持たずに43年も歩んできました

父は「Bien sur」その通り!を繰り返す電話術でした
その通り、その通り、そうおっしゃってました、そうですよね、ではそうしましょう、では(By父)

毎回(本当に、その通り、だけでいいん……….??????!!!!!!!!!! パリと?)と日本娘は
内心で混乱に見舞われながらも私、
いま父は悪人と電話していない以上は、良きひととお話ししている以上は、きっと問題はないのだ、と
自分に言い聞かせていました

でも、その「その通り!そう思います!僕もその意見です!」っていう父の会話は
一時のにゃぎ氏に似ているらしく、私がどうも発語できないような気がしてきました

日本において。その通りですね、より、私個人として違和感が、のほうがどうしても強い
言いたいことを飲み込むとアトピーまた想像しくなってしまいます

そうでしょうか、とか
そういうお考えなんですか?!とか
そこでその言葉を用いるのでしょうか、とか

時間設定に無茶があるなら改訂、など


それは先んじてではなく、事後対処になってしまいます。
事後対処とは、誰かが病んだら対応する、というものです
それを私は好みません。病んでゆく兆候時点で対策を打ちたい性格です

予測型として備えておく方に舵を切れないでしょうか、が、私です。元々、わたしです

事後対処で「あー痛かったね」とか「あー、ここで転びましたか」とか「あー、こけましたね」って
私がいちばん言われたくないセリフであり、⭐️言いたくない言葉⭐️です

こけないようにするための方策が、システムとして、あるいはチームとして「強い」ということです
転びそうな気配の事前察知が「智」であり
事前さっちの結果が間に合えば「賢い」であり
何より、察知の結果「前もって手を打つ」の集積こそが「負けない」状況です

この状況下のベストの「手の打ち方はこうだった」の、集積だけが
誰でも安心して笑顔になれる災害対策であり、防災対策であり、パニックを起こさない秘訣です、よね?
それは我が家で「ゼロコロナ政策」に現れていました

コロナをゼロにする生活習慣は実際
2020年から3年もの間、我が家を完璧な防災の砦と化していました

防災拠点、です。2020年からの3年間は、そうでした
あらゆる防御アイテムが潤沢に個人輸入されていました。異様に効きました。
消毒の鬼と化していた私たち一家は、対コロナにおいてサプリメントで完全に身体の消毒を
行い続けていました。

それを「あーかかったら、かかったときに」的な方に
劣化の如く怒るのが、母ですね。最初はそうです、原始的には、そうです。
<対コロナ対策>に、我が家の母は生命の情熱を燃やしていました。毎日です。A型奥方のプライドのすべて、という感じ

私の母の「夫と娘をコロナにだけは罹患させません。生命かけてコロナにさせない」は
見事に効果を発揮しました。

防衛とは、毎日の防衛結果を積み上げ続けることの達成感のようなものです、よね???

父他界後の母の「お料理も消毒も、換気も、お片付けも、栄養バランスも」燃え尽き加減の程度は
わたしも目を瞠り続けるほどの「やる気のなさ」だけれど

2020−2023の母の戦いは、私は、ずっと記憶しているのだと思います
皆が実践すれば罹患しないコロナを、その知識の検知、知の集積と実行を行なっていない人たちが
「なんとなくの布マスク」で、次々罹患してゆく現実に 羽鳥として
いつも一抹の やるせなさはあったと存じます

栄養の話、食べ物の話、サプリメントの定量、換気の話、対面で、お一人していなければアウトの話、
濃厚接触の定義、
すべてを私と母は
暗記してゆき続けました。不織布マスクと、二重マスクと、最強消毒法の家でした

母の戦い結果が2020−2023
コロナを持ち込ませない、を完璧に整え続けていたことは
忘れない感謝として綴っておきたいと思います。

ーーー

その通りです、 だけを言い続ける、ことができるのは
……….山上先生のPianoLesson中と、
ベクテレフ先生からPianoフランス音楽を習っている時間
音楽楽曲分析などを習っている時


「そうですか、そうですよね、そうなんですね、その通りですよね」が現象として
発生します。私は、楽曲の理解や立体的表現についてのご指導について
なんら口答えをせず育ちます。

ただ、「そこで攻撃」「攻撃魔法」だけは
可憐なピアノの室内学的なDebussy音楽には、あってはならない、と今も信じています

曲想による、としても
少なくとも「夢」「月の光」「亜麻色の髪の乙女」において、攻撃法は絶対に楽曲に
搭乗できません…………..

ーーー

夢に、攻撃魔法を無理に登場させる思考を
わたしは、全幼子と全女子のために、あるいは人類のために、あるいは生命のために

攻撃魔法を夢に見ません。
ヒーラーはヒーラーに特化して生きる方が、本来は適している、そこに

攻撃魔法とヒーラーを1日おきに繰り返している別知人などは
攻撃したいのか、病ませたいのか、治したいのか、やっぱり病ませたいのか、病ませる係なのか
ちょっと微笑んではみる係なのか、 ?!どっち?!?!?!?!?!と
なります
.

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