とても大切なことすら
忘れるひとたちが多い
「ちゃんと別れているから再会があった」
「ちゃんと離れていられるから、え、元気?!が、ある」
「一緒に暮らしていないから、互いの”その後”に 興味も、好奇心も……髪質は良くなったかしら、とか
語彙は整ったかしら、とか、横顔うつくしくなったかしら。とか。
同居していないから、在る」
同居している人をけなすツイッターなんて
たくさん見かけます
同居人を尊敬できない。それって「別れどき」でしょう?
別れているから、
こんな強い側面があったんだ、とか
こんなカバンを好む人でしたか、とか
そんな髪型と波長になったんですね? とか
「別れているから」
再び、興味を持つことができる
ずっとお別れして消息も お料理の話も 恋愛の話も
近頃の曲の話も なにも「ずっとお聞きしていなかったから」
今の先輩は、どこをめざしたくて
なにを大切になさってらっしゃいますか(にこにこ)
そんな態度
演技じゃないに決まってる
「完全な綺麗な別離」
「綺麗じゃなくても本音をぶつけ合って叫び続けても、とにかく完全な別離」
「完璧な喧嘩の後の、きれいなお別れ」
その「別離」を私が
すこしも嫌がれない理由は
ずっとずっとずっと先に「あなたが今、大切にしたいものは」を尋ねることが容易になるから。
しっかりキッパリ完膚なきまでに「別れる」
その重要性を、なぜ、28歳から30歳に縁があった一部の人々は
忘れ追いかけてくる? 婚約していたことも無いのに追ってくる? 同居歴もないのに「突如、嫁」??????!!!!








