父にも母にも「精神的には」「あまり縛られていない」ながら。タイ王室の人ですか?っていうアヤコ写真の仕上がりやねと父がコメントなさった時「何代目の?何百年頃の?😊」っておちゃめに聞いてみれば良かったな😊

羽鳥が「オレンジの光沢のヘナで髪染めをしていた頃」
オレンジブラウンの髪は、光を宿しているけれど、確かに「普通の美容院のブラウンヘア」色では無かった

あの頃、「タイ王室の女性みたいな写真の仕上がりやね」と実父に微笑されたけれど
「そう? 何百年頃の王朝の時代の…..?」って ズバッとおちゃめに聞いてみたら良かったですね

そんなこと、
指先から何かを放っている矢野氏には1mgも関係ない。

やの氏に知人となるより6年は前には
サイアムパラゴンの「日本からの舞い」の音楽を、タイ王室に奉納していたのが実話ですから。

タイのお人に見える姿勢と
髪質、表情だったようなのだけれどわたし、

寄せた覚えがあるわけでは無いのです
タイ王室に。

わたしは「炒めご飯、香りのごはん、飾りにニラの葉、卵とエビが多い」という文化を
わたし自身も母も好んでいたことを素直に認めます。日本においても。
グリーンカレーに母と娘でハマり。ガパオライスも「ホーリーバジル」にときめき。
カオマンガイもリピートして。それは母娘の「わざわざ寄せもしない、無意識の、おうちごはん」だったのだけれど

どうか”わざわざ寄せているわけですらない”自然体で
タイのお料理にも、日常食に、感謝を持って、たびたび食卓に登場していたことはご容赦くださいね

アップルのmini iPadに、ランチタイムの「虹色の光付きの炒めご飯」の写真が残っています
芦屋のお料理屋さん、2014年頃でしょうか

羽鳥って「何国へ寄せなければ」意識で生きていたことって
少ないと思うのです。微笑みの国タイの人とすれ違うことができたのは 場所は
2009年のサイアムパラゴンではなくて、実際は2015年頃のスペインでしょうけれど

神戸女学院生に「微笑んでばかりいたでしょう」
「森本さんって、いつも微笑んでいるでしょう。それはすっごく覚えてる」
「ニコニコでしょう。同窓会とか門下の食事会で。いっつもニコニコ印でしょ」って

ご指摘いただいてパチクリしていた時と
「微笑みの国」繋がりは 2006年、2002年、2003年、きっと変わらないのでしょう
それは2011年も同じなのかも。2015年も。

2021 Feb.

関連記事

  1. 【info】金曜のビストロ演奏はございません

  2. 海外勢は「Por que」を絶対に大事にしているはず。なぜ?…

  3. 「ヴィオレア」や「羽鳥ピアノ」は宝塚歌劇とOSKに提供は致し…

  4. そぞろ歩き。新しいCDのことについて少し解説を

  5. 羽鳥のNGスポット集

  6. あと数日で12月。「到来」を待つ🎄

2025年12月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031