寄り添う音楽

日々、色々なことを思うのですけれど。

この寒さなか、皆様、帰宅後は暖かくしてお過ごしでしょうか?

暖房の効き、大丈夫ですか。

貼るカイロも容赦なくお使いでしょうか?(低音やけどには気をつけて….)

Apple Cheese Cake


つい先日のことですが、

音楽が、今ちゃんと10代に寄り添ってくれているのかな、とふと思った。



お守りの音楽が

そこにはきちんと鳴っていますか。

誰にも意見されない、絶対的な音楽の時間がありますか。

誰も足を踏み入れられない時間って
自分を治すための時間なのですよ


それは大人にだけ必要なものでもなんでもない



10代にもプライベートタイムは必須で
悲しいも悔しいも儚いも、たとえば暴れたいという感情も

どうにもならないものも含めて

そういう思考はすべて音楽に寄り添ってもらいながら

私の10代はあったから。

言葉にできないものはすべて音楽から教えてもらった気がするのです


喜怒哀楽を越えたものまで

私に溶けることができるのは音楽だけで

私を別世界へ連れてゆけるのも音楽だけで

自分を別の思考に連れてゆけるものは音楽だけだったから。依存は音楽にしていました



私の10代が無事に20代へ移行できたのは

音楽の力だと思っている。

ウォークマンの力だし ヘッドフォンの力だし 歌の波長の力も 歌詞の多彩さも


くりかえし耳にするアーティストの歌詞世界が複数あったことも

支えでした

吸収する歌詞の多彩さも私を支えて

それを切り離して10代を送るのは私には到底無理だった



20代も

言葉にしてはいけないものも結局すべて音楽に全部、変換していられた気がする

演奏に溶かしたものは

紛れなく届けられなかった言葉であったりした。
手がとどかずに宛先を見失った言葉は音楽にすればよかった(ほんとうは宛先は見失うべきじゃない、念のため)

言葉にしても通じないものを

たとえば何故怒ったのかを言葉にしても通じない相手へ向けて

確かに理解してほしいという熱源を音にして

ピアノへすべて託した時期があったりした。鳴らさずにいられなかった

今日の私は その温度で ピアノへ託す熱だけで

生きているわけでも全然ないのかもしれないのですね。 だけれど

もし音楽が寄り添う10代であるならば

どんな虚無感も どんな訴えも どう まがってみえるものも 音だけは理解してくれるだろうから。



今のこどもたちが

やがて思春期であるとき

せめて音楽は 絶対の味方であってくれたらいいと そんなことを願った時間を持つ週末だったと思う。

音楽ほど、押しつけられるものではないものも珍しくて

自分で選ぶものだと今も思っておりますが

結びの言葉もじょうずに見当たらない心地に

なりましたが



寒い季節なるべくあたためてお過ごしください

とにかく暖かい場所を

探す方法が増えるといいな。




今も、今夜も

今週も 皆様にとって それぞれ必要な音は手の届くところに息づいていますように。

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