ひとひらの言葉の軽やかさを 3個の言葉でさえ消すように「言葉」を皆が重視できていない


Poesia の 更新が そういえば減っていますね
Leggiero(羽毛のように軽く)は イタリア語にも もともと そもそもあって

浮力の努力 は 誰もが 自己研鑽を積むものだけれど

(そうでしょう?「浮力」というワードを 音楽家も 舞踏家も 歌唱も 実現めざすでしょう?)

「個人的な浮力」に


下方修正の負の力が
複数かかる状態をね、もう6か月ぐらいは
連続で味わっているかな、と思うのです

私に「浮力」を教えたのは
そういえば 音の波形を通しての 男性でしたね  師弟愛ですね

奇妙ですね 
「音の浮力は受け継いだ」

羽鳥は「浮力」は 生徒へ 分け与える力を
すでに授かっていました (生徒がこどもであろうとね)

それは師から「どんな生徒へ受け渡しても良い」とちゃんと許可は得ていた

その「浮力」を ある男子が(意志的な子です) 受け継ぎ途中であるにも関わらず
やめてしまったことは残念に思うのです

羽根をね
奪われるのではなく 「腕に渡していく感じ」 
それを受けた男の子は ぜひ 浮力を自分で探してね。お母様の言葉に惑わされないようにね。

言葉のイメージ力は 間違った言葉を与えられることで
自分自身のイメージング力が落ちるからね?


この「渡す」を どうして やぎはすっ飛ばすのだろう(呟)
渡す前に 瞬間的に 移動されることが多い…(呟)
やぎ は 究極的に 何枚 羽根を集めて 何をしたいんだろう


何十回か 
「それは自前のあなたの羽根ではない」を もう繰り返した気がするけれど (独白)

人間社会が 「知名度」 「いいねの数」 「協賛者の数」に 
とかく偏っていくように日本は見える 計算に強い人たちはそう 振る舞う


けれど

 
羽根の受け渡しはね 結局 Lesson です
共に時間を共有して 初めて 浮力は伝達される。


私は、何度も、「実のお母さんが実の我が子の邪魔をする言葉」を見てきている
今回の人生で。何度も。実体験で。

実母が、我が子に、一枚の言葉の呪いをかける瞬間を何度も見かけている。


それはね、どこか、伸びる子を実母が遮っているように見える。
その「発展防止言葉」をね、我が子にかけるメリットを、私はいまだに理解できていない。

我が子 が 一流選手にすら なれる お家は結局
お子さんの「浮力(重力に抗う力)」をちゃんと親が
称賛しているのでしょうと思うのだけれども(謎)

でね、
その「罵詈雑言系」に愛が強い 船橋大地氏を 羽鳥が好きになることは一生ないので。

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