
わたしが好きじゃないものが争い。
それを「愛せない争いさえ」が「どっちの所有か」論と思います
たとえば
空間を明るくするオブジェに遭遇すると、大抵のひとが微笑みます
男女問わず「ちょっと✨いいな✨」
それは観る人が、男性か、女性か、ファミリーか、おひとり様か、選んでいません
だれが「このオブジェだれのん」を気にかけるのでしょう?
そして「最終:作品は女性が造ったか。男性が造ったか」を
何百日も議論しているような”争い”自体を、羽鳥は、ほとほと嫌いです
どっちでもいいからです。
デザイン画を、造形を、女性が作ったか。作品が男性作品だったか
羽鳥は「好めればいい」のです
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書体は「女性の字」だけ好みます。
羽鳥の知人まで、そうであるとは、もちろん限りません
羽鳥は「筆跡」「創作フォント」が、女流の筆致を好んでいます
Tulipの花すら
シンプルとは思わないです、わたし
葉が別植物の仲間のよう
光沢感は、造花に程遠く
外観と 真上から視点で見せる表情はまったく変わって
hatoriが、祖母が、スカートune Jupeの
参考にさせていただいたような








