羽鳥が10代のときからいちばん影響を受けた小説が
このたび完結されました
友人に連絡するぐらいには「事件」です
ただし平和な事件
ライトノベル(ラノベ)が普及したり流行するよりも前の時代だそうで
時代性などを
ここで論評する気は、一切ないのですが
追いかけているシリーズがあること自体が
どれほど励みになっているか、とつくづく感じます。
あの本のことは「言葉は、薬にも刃にさえもなり得る(特にこの作者の言葉)」と評したライターさんがいて
つまり印象的すぎてどちらとしても作用するぐらいに、不純物がない感じの
あのシリーズの続きが….!というときの
日常に突然こみ上げる高揚感は
どこか10代から変わっていないかもしれない(待ち続ける&出る、また待つ、のサイクルが)
自分が10代で愛読していた本は特別、という
この点はきっとどなたにとってもそうなのだろうなと
10代の読書は「熱愛」の部類ですし
かっさらわれる感じが、、、(没入型読書家だったので)
全国に隠れている、オーラバスターシリーズの愛読者さんたちと
今月には心同じくできること、
ファンとしての心の熱さは(熱かな、暑のほうかな?)きっと
他のファンにも負けていないだろうと
妙に自負のある羽鳥なのでした
![](https://hatoriaya.com/wp-content/uploads/2021/11/suzuran-1024x683.jpg)
感想を書こうとしたのではなくて.
葛藤は物語の世界だけじゃない、ということを呟きたかったのです
むしろ物語の中の彼らの葛藤を
ひとごととして読めたことが一度もないかもしれず
そういうこともあるよね、で済ませられない世界。
大変だったね、で済まない、そうなんだーの温度感になれない、
彼らにとっての救いや迷いが、どうしても対岸のフィクションとして読めないで
10代を過ごしました
そろそろ
完結して欲しかったですか?という質問には
「完結ではなくても、ただ続きが読みたかった(それが最終巻でなくても)」という感情です
愛読者って、、、、そういうものですね
それも「彼ら」にまた会いたいから、という
読んでいない期間も、どこかしら、離れていかないというか
すでに自分の内側に「ハイスクールオーラバスター 」の世界は定住・定着しているのですが
物語を「自分の中に」完全に織り込んでいることで
どこか10代が永遠に薄れないような
稀有なシリーズに、10代で出会えていてよかったと思う一読者です。
主人公18歳を年上として(先輩として??)見上げていた頃の感覚とは、違う今
彼らのギリギリさ、に、
まっさらにふたたび触れたら
どんな想いを持つだろう、、、、と今から、怖いような楽しみなような。です
わが親の世代には
どうやらイズミ幻戦の小説のほうが(ひそかに)広まっているのかもしれないのですが(家族が同僚から勧めていただいたというのが「イズミ」のほうで、「真」の方を、わたしが全部貸しました、、、親が若木先生作品を読むとは)
現実世界に、個人的に、わたしは、イズミのような人を待っている気がするし
同僚や上司や、年上として出会う全てのひとの中に
どこかイズミを待望していた気がするし(正義感という点において特に)このサイトを作ってから、しばらくしてリアルに見つけたような気もしているけれど
その話は誰にもしていない、誰かを誰かに重ねるのはよろしくない、
イズミ様は、どこまでも
あのシリーズの中の存在の輝きだったりします (小説キャラクターに「様」づけしてしまう症候群が抜けない、ぽろっと様付け)
ネタバレをしないためには
読まずに!diaryにしておくしか!という羽鳥の今秋の足跡でした
ご興味のあられる方はググってみる or 電子版で….!もちろん書店でも
短編集【アンダーワールド・クロニクル】のほうから触れてみて頂けたら!!
(ごく短い透き通ったかけらが大事に置かれている感触を持ちます)
それにしても感想を一切書いていないブログのつもりが
はじめて筆を取らずにいられないぐらいには
オーラバの新作は、日常に「この秋の大事件」でした
![](https://hatoriaya.com/wp-content/uploads/2021/11/tulips-g1bed53603_1920-1024x683.jpg)
これからも「その世界で」皆さまらしくお幸せに….!(締めの言葉としてほかの言葉がどうしても出てこない)
編集部にファンレターを一度も送ったことがないのが不思議になってくるぐらいには、コアファンなのです。