4年目の目線 新月の直前に

メランコリーの季節とは全く質感が違う、さっぱりした季節なのですけれど

2018年からのここまでの道筋を振り返るとき

こちらの息づき、4年目なのです

この庭。




そぞろ歩きに来てくださっている皆様 本当にありがとうございます。

決して短くは無いなと思うのです、4年の時の流れ。

いちばん強い明かりを見ていた2019年 この写真の薄明かりの頃。

加速するイマジネーションに確信を持っていた2020年1月、今年は明るいと朗らかにしていました。


3月は旅へ唐突に行けなくなって。初の台湾旅行と手帳に書き込んでいたので寂しさがあり

唐突に動けなくなった2020年の春(こちらは皆様と共時性がありますね)



そこからの

降り積り、輪を描いて降り積もる

思考と回路と驚きと音楽と。

うずたかく積もる景色を抱えたのちに


街ゆく人たちの表情に安堵、やわらぎや明るさの戻っている今
1度目の緊急事態宣言のあの空気より、空気のまろやかさが段違いで私はそれを嬉しく思います。

私はもう一度「私の像」を

捉え直したくなりました。季節の星を仰ぐより目線をまっすぐ、ただしたいな、と

この広い世界の
誰の双眸に映る私が、私だったのでしょうか


誰の判じていた私が 私本体なのでしょうか


ひとつの目線に特化される危うさを思います
採点者が同席するとうまく実力を発揮しづらい、そんな感覚を皆様
一度や二度は体感していらっしゃると存じますが


先生に会えてよかったと会うたびおっしゃられるたびに

ずいぶんと複雑な感情が胸をよぎります。言葉で聴かせないけれど。

2019の加速時に見た夢を

わたしは時々 思い出せない そのゆえに個人的な視力不足感があります

見た夢のすべてを覚えていることが

正しいとはおもいません


憶えているべきだけ抱えて

新たな景色を撮りにゆけばいいだけと思いながら。

いまだパンデミック直前に見ていた夢を

言語化できないそのことを はがゆく 残像を 遠くから 残像を見つめる感覚がします


わたしだけが見ていた光景が

残像になってゆくことを止められない感触を

パンデミック前に絵を描いていたすべての人が

少なからず この感触を 知っているのではないかと思います

規模の大小はあれど。

一度は描いた現実化のための下絵を

手放さなければという はがゆさを 抱いている友を知っています 長期のお休みを取って
いた旅をキャンセルなさったそうです。
ガウディを見ることができるはずだったそうで 取りやめで その計画は今も果たされていません

皆様は2020に止めざるを得なかった夢、

その現実化を今2022ようやく果たされている頃でしょうか?


今は

書き上げていればよかった という苦さを

視ていたその時の絵を なぜか夕空に見上げられない自分を発見しながら。

2019の終わり あれほど確固として

目前に見失わずにいた絵を 思いだせない記憶のつくりはどうなっているのだろう?と
いぶかしく思いながら (世界が均衡と仕組を変えたから)


手元の結晶の色合いに

今はペリドットから聴こえてくる音も大事にしようと思います、
天然石の各色から聴こえるキーがそれぞれに違うことを楽しく感じながら。


散漫となりましたけれど


皆様の目前の「心澄ませる色彩」を大切にお過ごしくださいませ。



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