海の日、大自然のゆらめき、そして家


海の日でした

神戸の海の潮騒を聴いてほしい親友に電話で声を繋ぎながら
どこまでも明るい陽と波音、家族連れの多さに目を細めていました

私は自分のワンピースのまま
足先を海に浸しただけだけれど

寄せて返す波の「揺らぎ」は、それでもゆるぎなく

太陽と海を浴びることができて本当に、豊かな時間でした

一泊もせず帰宅して
こじんまりはしていても
使用できるキッチンに立って

凝ったお料理をするのではなく
フレッシュなブルーベリーのやわらかさに、目を細めたのでした。

海が雄大すぎて
家に帰宅しても、海の印象がまだ薄れません。




私の父は幸いにして 学びたい言語を突き詰めるうち
学生の身分のまま海外へ給費留学生として出発し
パリで暮らす時期に 多くの国籍の人とナチュラルに友達になって
海外にて青春時代を謳歌し(といっても和食を同じマンションの人に振る舞うことが幸せだ、という
お惣菜を買う生活ではなく、自分で和風の卵焼きなどを作っては海外の人に食べてもらうことを楽しみにしている人)

海外のFoodや 食生活をそのまま帰国して日本へ「持ち込んで」
まるでパリにいるかのような気分のままに日本で家庭を持ちました

その食の影響で私の味覚も「幼い頃からのスモークサーモン」で出来上がっている節は
あるのですが (原点がお味噌汁ではなくて)

父が生前にずっとコンスタントに
得てくれた収入のおかげで、借家ではない家が残っていること。

父が花を愛で、料理をして、天ぷらを母のために揚げて(といっても父は、すごく時間をかけて料理をするのですが)
音楽を愛し、言語を愛し、考えることを愛し、オバルディアさんの人格を愛し、日々の食に心を砕きながら
生きていたその 「食は命」という考え方を

根深く自分にインストールされていることに今更に気づくのでした

哲学、自論よりも「毎食を大切に。」….って、ずいぶん変わっているでしょう?

思想よりも、毎食に「何を摂取するか」に重きを置く家で
育まれてきました。


ユニークな父の不在。
あれほど毎食に情熱を傾けて「自分で作っていた」父の不在に時折
私は立ち尽くすのでした

同じ人格ではない。
私は私のためだけに一人鍋を作ることは多分できない(食べてくれる他者を必要とする)
私のためだけに牛フィレのカツを揚げて、自分のためだけに圧力鍋を使うこともできない。気力が足りない。


父とスペインで数日の間に食べた 現地パエリアの「意外な素朴さ」を覚えていても
自分では海鮮の出汁を取るには至らないから

市販のパエリアミックスを使って
そこに上手に料理用ワインや5グラムのバター、ハーブなどを用いて

自分なりの鶏肉のパエリアを食卓に載せたりしています。
サフランとハーブが溶け合って、元々のエビの味などもして美味しいですけれど
ほんとうの料理人の方には苦笑されるでしょう

このBlogが「Faureのバルカローレについて」論じずに
なんだか食に纏わる記事が自然と多くなってしまうこと は 紛れもなく

料理に日々、愛を吹き込んでいた父の影響もあるのでしょう。



バゲット。カチャトーレ。かぼちゃのサラダにレーズンを入れて。
前菜に何かをつけて。ドレッシングなら自分で作って。パスタはアルデンテか、または炒め合わせて。
デザートなら私が焼いたパウンドケーキを所望される。
そうして営まれてきた命の続きを

西洋料理にばかり偏る食の好みのまま、私は、この夏も生きています。

料理の味やスパイスを
そのまま和音に変換するような、そんな豊かな五感は、少しならず鈍っている。と感じていますが


海の日に
海に足を浸して また新たな週が始まります。


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