考える事、違和感を感じる事。

キリスト教の教会へ通うようになり、半年が経ちました。
風邪気味です。そして絶賛、副鼻腔炎です(花粉…?)

こうなってくると気持ちは内面「こたつ…?!」なのだけれど

讃美歌は素直な歌詞ばかりで
世の中にあるどんな歌より、シンプルで素直かもしれないと讃美歌を認識しています。

おひとりずつの「愛唱歌」があるとのこと。です
私なら何番の歌をくちずさむと。
そう言われてみれば、私は何番の讃美歌がいちばん歌いたいかしらと振り返ったりもして。

反面、
教会外については違和感が日毎に強くなってゆく。

以前より歌声が響くのは良いこととして。

些細な違和感ではなく
強烈に違和感が強くなってゆく。

いつからでしょう
黒背景のお芝居、黒背景の舞台が多くなり
演出に理解不能な仕草が登場し

観るものの不安を煽る表現がなぜか(根拠なく)許容され続けていて

観るひとを「もてなす」「楽しませる」演出より
観る側を不快にするトークや、観たひとを「毒々しい…?」という心地にさせる
映像が、大きな顔をして放送されるようになり

例えば、どくきのこ?のような存在を醸し出していたり


折角、未来へ向かっている時間軸を「あえて過去へどんどん巻き戻すような」映像演出がなされたり
形あるものが、巻き戻されて、色づく前の「無彩色になる表現」が出てきたり。

新居昭乃さんのLIVE(ひよみ節)の動画など、違和感は非常に大きく喉につっかえるというか

色づいたものを、無彩色へ戻す表現。
それは心理的な不穏さを煽るものであるのだけれど

なぜ、観た側の不安を煽る映像を流し続けるのか理解に苦しんで。

本来は
私は30代の間ずっと「性善説」と思って生きてきているので

最近になって見かける「趣味の悪い配色」より
もっと趣味の綺麗な彩色が本来はたくさん見かけられたと思っています。

繊細でカラフル。色を重ねても濁らない。躍動感あって濁り少ない
水彩画で彩るような、ほんのりと暖かみのある祝福のような配色での「カラーリング」が
いきものを、より、生き生きと彩るものだと感じて生きているので

昨今の街で見かける「濁った色」すべてに「…..????」「レトロすぎる…?」「(色がなんとなく毒々しい…???)」と
いつの時代に戻されようとしているのか不安に感じる配色のすべてに
「進化して、洗練されてきた意味は…???」と首を傾げるのでした。

新居昭乃さんが東京LIVEで赤いドレスを着ていらした時

音楽と合わせる映像が「時間の巻き戻り」や「炎や水没」がテーマであった時には

ほんとうに面食らいました。

もちろん
洗練だけを極め続けてゆくと、どこかで、無理がきます。
等身大を超えていたり、支出の面で無理をしていたり。あるいは風邪の状態にそぐわないとか。

日々を「ひたすら洗練に寄せて」クレッシェンドだけにこだわることを
羽鳥は確かに放棄しつつあることは自覚しているのですけれど。



「いつの時代に戻りたい」という感覚は私はないのです。
なぜなら、積み重ねて、自省があって、より綺麗と感じる色を手に取って、
より優雅と感じるものを探してゆくことが「時間を前側に積むこと」だったから。

日本国内で見た、席について映像で見せられる「時間を巻き戻す」映像も
国内のロゴで見かける「時代を何十年も一挙に遡る(その後を無かったことにする)」レトロさも

羽鳥からすると、奇妙なものに、あるいは不穏なものに感じています。

音楽は波で
クレッシェンドで、次デクレッシェンドであり、息継ぎであり、またクレッシェンドです。

だけれど街に見かける意匠の意味するものは
今はクレッシェンドだけでなく、いわば、「過去へのワープ」です。しかも強制的なワープです。

恐らくなのですが

心理的に私がいちばん動揺しているのは
「なぜ黒背景が主流扱いされている傾向なのか」という事と

(本来つまり白=明るい兆し。と 黒=翳り/虚無/混迷、光の足りなさ。は50:50。
もしくは90:10ぐらいでも良いのでは?と)

強制的タイムワープ(過去の日本へ)という
その理解不能なブームを作りたいのであろう
とても作為的な意志への、私からの、絶対的な違和感。

皆様は過去へタイムワープしたいですか?
それは、色が足りなくなったり、たとえば透明感が足りなくなったり、

綺麗な酸素が足りなくなることへの要求がありますか?

過去に間違えたことを「あれは間違いだった、しまった間違えた、思い込んだ」と思うから
時は「前へと」進んでいったわけですが

一挙に過去へタイムワープすることは、はたして皆様の好みに合っていますか…??

past、過ぎ去ったこと、ずっと昔に間違えたことを
もう一度いきなり大きく繰り返すことは「退化」に他ならない。


ならば、退化を夢みることに何の意義があるのでしょうか?

designの分野の方も
新作映像を手掛けている方も ロゴの方も、エンタテイメントの方も

観衆のための映像を用意中の方も

「強制的な退化」を選ばないよう意識してくださるだけで
だいぶ風通しは改善されると、そんな風に思っています。

私は「強制的ではない/ 頑張れなさ」を感じているけれど(もともと冬はそういうひとなのだけど)

時代の巻き戻り、が、おそらく私の希望を一番削っているのだと思う。

強制遡行を拒んでいる2023年の11月。
個人的には、そんな風です。街に溢れるものはホワイトコーデで良い。
企業ロゴに感じるのは未来がいい。環境に優しくは、きっと推進されていい

得体の知れなさを美と捉えることは、私には無理がある
前衛音楽が苦手であることを再度認識の夏以降ではあります

堰き止められている、風の吹かない場所が極端に苦手な羽鳥からの
ひとつの問題提起でした

昨今は
発言してもいないことを「言ったと言われる」とか
AIでセリフを言わせてしまえる、とか

実在の風景に、そこになかった人影を合成できてしまえる。とか

技術の進み方が
不穏な方向にしかないような錯覚にも囚われるのだけれど

行ってもいない事を「あの人はこういう人」と勝手に語られることが恐らく
羽鳥にとっては一番、不本意なのでしょうね

新居昭乃さんの公演で提供される映像はいつも絶大な違和感を羽鳥に呼び起こします。

お客さまをもてなす映像と私は感じていません

苦手:

レトロなロゴ、大阪ヒロタのロゴ、製薬会社系のカフェ、 
(お薬は食品に混入されてはならないので….)
プチサイズではなく、大きすぎる食玩

とても苦手:ピクミン、リアルにピクミンを真似したソーセージ

見た事によって、健全な未来志向と真逆なのでは、と感じた事:

新居昭乃ムービーat LIVE 双子玉川 ファンミーティング

BLOGで、この感覚を書き残しておかせてくださいね。

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