私が今の日本で過ごしていて、違和感そして困ったこと

いまだ私が分からないことはたくさんある。
人生はそんなものかもしれない。

見せられた映像の恐怖感。
トークされた内容への違和感。 そんなものは数ヶ月は恐怖として残った。東京を怖いと思った。

私は透視はできないので(当然ですね)
自分がいない場所の様子は分からないのです。
関西にいて、兵庫にずっといて、今の東京で何が起きているかを悟れないことを悔しく思う。
東京という街の波長がどうなっていて、
どこで犯罪が多いのか私が知る由はない。この神戸はパトカーの音も鳴らない。サイレンも鳴らない。

私はサイレンが多い街を好まない。一つのサイレンが聴こえるだけで、心臓が驚くような感覚がする。

小さな不思議は
兵庫県 神戸元町ピアノスタジオで撮影をお願いしたら=薄いラヴェンダーカラーで撮影された件。
ラベンダーは淡い水色と並んで、大切な色ではあるので文句を感じたわけではないけれど
(なぜ…ラベンダーを私に?)という思いがありました。あの頃から、私以外の誰か、もっと
羽鳥より有名なひとたちの作為を、固定観念を、ふっと空気で間近に感じるようなことはありました。
誰の目線だったのでしょうね?

19 novembre 2023
Vivo nella prefettura di Hyogo. 兵庫県は田舎らしさをたくさん残していながらも、喧騒の少ない街です。
東京のメトロよりは、よほど安全だと思っています。地下街というものが私は苦手すぎる。
東京の地下街がオープンマインドで清浄であるとは私は感じなかった。もっと明るい街になったら良いなと心から思う

そして私は渋谷という街が苦手です。駅前すぐの混みいった場所を指すのではなく
もう少しだけ先へ、ビルへ向かうと
いきなり方向感覚が鈍る、あの雑踏の感じ、磁場が歪むような奇妙さ、ビルの感覚がとても苦手。個人的にです。
私には、渋谷駅ほど待ち合わせたくない場所もなく
渋谷の磁場が異次元になるような、あの独特の戸惑い感は思いだしたくない。ほんとうにそれを是正できるとすれば
それは東の神職の男性なのかもしれませんね。
規模を大きく、物事を混乱させることしかできない人が私はとてつもなく苦手です
特に、他人の心を壊すことが得意なひとは影響範囲を広げてはいけない。


英語圏の方にもお話が伝わるよう、少しずつですが英語などまじえてみますね。


It is justice not to destroy. 私は破壊行為が嫌いです。

Rafforzare il fatto che non esiste tristezza. かなしみも少ないほうが良いと思います。哀しみの波動も残るからです。場に。

目撃していなくてさえ、そうです。 それが根本的な姿勢です。

兵庫県民の私が、昭乃さんのLIVEに一度は立ち寄りたいと思い、コンサートを聴きに行ったことがあります。

I live in Hyogo Prefecture and only met AKINO at a concert in Tokyo.

昭乃さんにお目にかかったのは関東二子玉川のAKINOさんライブと 大阪バナナホールのライブだけかな。

と思っています。演奏を聴きに参りました。どんな演奏かな?と 演奏を客席で聴いた以外の関わりはありません。 というのは、昭乃さんのライブトークが、理解に苦しむものであったことが私にとって事実だからです

AkinoさんFanの方達に記憶を辿っていただいても、同じ感覚は得られると思います。

I’ve had a hard time with the content of Akino-san’s live talks. feel like there’s some misogyny involved as well.

客席にいるだけでは、ライブトークへ何も疑問符を呈せないことを呆然としながら、はがゆく思います。

私は客席だからです。 トークの姿勢への「???」を表示する手立てがありません。

楽曲ひとつずつへの、こだわりを聴けるのかと思った。

色づき、彩られていく映像を拝見できるのかと思っていた。

楽曲への想いや、楽曲世界を構築した時の背景のお話がなく、

ファンへのねぎらいもなく、そういったトークと空気ではありませんでした。

少しの嘲笑を含んでいました。そして動画がとても奇妙でした。他者を癒すための動画ではなかった。

つまり私にとっての昭乃さんは、生演奏時ヒーラーではなかった。憩いの動画ではなかった。正直な想いです。
CDの印象とは180度ほども違った。

今から思えば昭乃さんのCD「RGB」も….. 日差しあふれる「昼」を表現しきった音楽ではなかったのかもしれませんね。

今から思えば楽曲「祝祭の前」も、 人間たちの集う、明るい時間のお祭りを表現していないのかもしれません。

表現の自由だと思いますが、「灰」が足元にある状態も、奇妙なのかもしれません。

なぜ人間の足元に踏みしめるものが土ではなく「灰」だったのか。

今日も、私自身は生きづらいにしても(それは昭乃さんのLIVEを鑑賞したときからにしても)

地球上のすべての紛争が解決するよう願ってやみません。

Of corse It is justice not to destroy, I think. Always.

******

私は2018この庭を立ち上げたときに 鳥のさえずりだけ書いていたかったのだと思う。

つまり、自然界に聴こえてくる、めぐみ 常緑樹の木漏れ日などを綴っていられたらよかったのだと思う。

だけれど、昭乃さんのLIVEで自分の席について、動画を視聴した頃から 不安感や不整脈、心の動揺、

表現に対する不安などを強く覚えるようになった。 どうしてあのような映像を?と、知人へ相談したこともある。

時間の巻きもどりに強い不安を覚えて、

みていて不安になるディストピアを無理やり見せられたと感じ取ったことは知人にすぐに相談した。

冬だったことを覚えている。

そして誰か有名な方、例えばアーティスト石川さんの、会員有料Blog

たとえばですが 読んでいる中で降り積もる違和感。
過去の記事だけれど ときどき垣間みえる嗜虐性や、意外な短気(LIVE中)やライブのセッティングには
鳥の剥製を置きたい という言葉、 救いがないと思われる場面の思いがけないイラスト提示や、
その残虐性を提示してみせた意味

人間以外のものへの親しみ(人間以外への憧れ?  隣に置いておきたい…..??)

尖ったものへの愛情 (ex 長い爪への愛情 ネイルは必須。BLOG内に、爪の収集をあえて画像でBlog提示)

表現としての淡い狂気 ラスト曲の淡くない狂気。

そもそも。そもそも戦乱を絶景とは何だったでしょうか。
そもそも、ギョロ目の鳥の、よく分からないキャラクターの動画はなんだったのか(怖くて再生していないのですけれど….?)

Fanのためのグッズとして公開してらっしゃる ご自分の顔をけずる表現(たとえ驚かせる目的であっても….)
それはご自身の自傷を連想させられて、ハラハラしたことを覚えています。



この庭で 羽鳥の庭で

違和感について 恐怖について
書かなければならない日は来ないと思っていました。 けれど

★石川さんの有料Blogの、特に4つより前、過去記事などの文章に触れてみられる方は
★特殊な業務関連の方で十分ではないかと存じます。一般の方は無理に探らないでください

私の心に収めればいいと思ってきました。
他アーティストの方の表現に私が困ったことなどは。。
けれど、 アクセサリ業界にまで 蛇のモチーフが登場。
なぜなのか蛇を推す有名メーカー。 ゆるキャラの流行、かぎ爪のようなモチーフの流行、
ダークモチーフの流行、 黒背景の流行、 映像の白黒化、  etc….

収まらない規模で各分野に絶大な影響が、この世界へ響いているから。
ハイブランドにも黒背景を推す風潮は見えているから。

もともとは誰かの危うさについてを指摘するBlogを書くつもりはなかった。生涯なかったと思う。
けれどこの場所は私の希望的観測だけで成り立っていない。

私は尖ったものが怖い側の人間であるから。

2023の11月、これからの12月ノエルの季節へ向けて 世界に住む人間たちが、その心の状態が、
より優しく、美しくいろどりを変えてゆけますように。


いつからか 「心温かくなる表現」を、ライブのセッティングで観られないようになった。

いつからか「色を失う映像」を見せられるようになった。

いつからか「心が明るくなる色彩」が大阪の地下街に見受けられなくなった。

いつからか舞台上でのトークをお客様をもてなすためのものではなくなった。

いつからか女性を馬鹿にするトークと身振りに、これは誰のためのライブなのか、と思った。

それら全ての経験が、私に
「この国の舞台の映像って、どうなっているんだろう….?」

人間にとってのhappyを増幅させる映像を
そもそも探せているのかな?   それが私の「2023という時期への違和感」そのものです

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